11月18日(水)
今日は二つの集まりをはしごしました。
お昼からは、蒲田区民会館で行われたアルコール・薬物施設連絡会の第16回秋のフェスティバルでの、我がすとぉりぃの出し物、椅子ヨーガに。もうこの集まりにも4回目の参加。「我が」すとぉりぃと呼びたくなる気持ちが芽生えてきました。関東地区の依存症患者のための病院と社会の中間施設の集まりであるアルコール・薬物施設連絡会、通称「アル施連」は初夏にバレーボール大会、秋には文化祭的な、この秋のフェスティバルを行います。各団体からそれぞれ歌や踊り、琉球太鼓などの出し物があり、メンバー(元患者)の体験談も聞ける催しです。メンバーとその家族、施設の関係者など、毎回4~500人が集まる大きなイベントです。すとぉりぃはここで4年にわたって、ヨーガを披露してきました。といっても、身体を壊している方が多いので、アクロバティックなポーズを決めるわけではなく、椅子の上でも出来るヨーガを、会場の皆さんと行います。今年もたくさんの方と身体を動かせました。最後は最古参のメンバーさんの笑いのヨーガ。高らかな笑いの後、少し呼吸法をして、目を瞑って終了。
舞台から降りた後は、ある方のアルコール体験談。お父さんとお母さんがアルコールが大好きだったこと。お父さんがアルコールでどうしようもなくなるのを見てきたこと。子供の頃から水だよと勧められて、清酒や焼酎を飲んできた事。親のお金をくすねて飲んで、就職して飲んで、屋外で生活するようになって飲んで、ついに酒を盗んで飲むようになって、警察の厄介になり、そして、入院をしたこと。そして今の施設にめぐり合えた事。仲間が出来て、その仲間のお陰で今日も飲まずに居られること。そして、明日は飲んでしまうかどうか分からない事。だから今日一日が毎日新しい出発であること。東北出身の39歳Mさんは、とつとつと話すのでした。

第16回アル施連フェス@大田区区民会館 181109
そのお話を最後まで聞いて、一路蒲田駅へ。今度は広尾の清心女子大にて14時にはもう始まっている、サティシュ・クマール氏の講演会へ。
クマール氏は、インドで生まれ育ち、9歳のとき、ジャイナ教の僧侶として、出家しました。ガンジーの平和主義に共鳴して、当時まだ肉体と共にいたヴィノーバ・バーヴェやクリシュナムルティーなど、インドの聖賢と言われる人々と出会います。1961年のある日、友人とお茶を飲んでいるとき、90歳を超えるイギリスの哲学者、バートランド・ラッセルが反核運動で投獄されたのを聞きます。若者二人、のんびりお茶を飲んでるわけにはいかないと、ラッセルに連帯し、世界中の人々と平和を語り、分かり合うため、無銭で徒歩旅行に出ます。この顛末は、「君あり、故に我あり-依存の宣言」(講談社学術文庫)に詳しく書かれています。
その後、イギリスでE.F.シューマッハーに出会い、請われて、彼の刊行するリサージェンスの編集長を今まで36年間務めています。
到着した夕方の4時からは、サティシュ・クマール氏と参加者の質疑応答の時間でした。会場は満員で立ち見も出るほど。私はクマール氏を左前方にみる階段に座ってお話を聞きました。クマール氏の第一印象は、「ああ、やっぱり!」というもの。私が会うことのできたインドのヨーガの先生たちと全く同じ印象です。笑顔が基本。あっけらかんとしていて、本当に楽しそう。いつも興味深くその瞳を動かして、人を笑わせよう、楽しくさせようと狙っている様子。まるで子供がそのまま大人になった感じ。それでも柔らかく、温かで、包み込むような雰囲気と共にいます。

Satish Kumar @ Seishin W's Univ. 181109
1936年生まれとのことなので、もうお歳は73歳のはず。それでも、4時間の講演を行って、最後は著書を買ってくれた大勢の参加者たちに一人ひとり、にっこりと微笑みながらサインをしてあげるタフさ。いろいろな質問がでましたが、私が忘れたくないものをメモ代わりにいくつか挙げます。
Q.「この世の中、いろいろな人がいます。地球の環境はほっておいて、会社の利益のほうが大事だという人もいます。そんな人とどうコミュニケーションをとっていけばいいのでしょう?」
A.「Be the change of the world. 今起こっている変化そのものになろう。まず自分の生活を変えよう。そして、彼、彼女のことを褒める。シャワーをかけるように褒める。そうすると、彼、彼女は柔らかくなって、あなたの言う事に耳を傾け始める。説教になってはいけない。謙虚でなければいけない。その人を変えようとするのではなく、ただ共通の認識を持ちたいだけであるということを確認する。物事を頭から話してはいけない。心から話そう。そうすると、友情が生まれるから。」
Q.「どうしたらサティシュさんのように朗らかで平和でいられますか?」
A.「Peace is the way.平和への道というのはなくて、平和しか道でありえない。私は周りにも、自分自身にも腹を立てないと決めたのです。」
Q.「お金というものの未来は?」
A.「お金は決して悪いものではない。いいものですよ!それでもそのお金を富と混同してはいけない。本当の富とは、お金で買えないものが多い。自然、それが与えてくれる食べ物、イマジネーション、詩、私たちの属するコミュニティー、こういったものが本当の富なのです。お金を得るために森を壊したり、河を汚してはいけない。この共同体に、この地球に奉仕するためにお金を使おう。『お金で買えないものはない』というのは、illusion(幻影)であり、delusion(妄想)だ。」
Q.「母国インドの経済発展は、経済至上主義に陥っていませんか?」
A.「私は1年に一回、精神的な栄養を得るためにインドに出かけます。そこで仲間に伝えます。エコノミーとエコロジーを両立させなさいと。エコノミーとはギリシャ語のオイコスとノモスという言葉から出来ています。オイコスとは、家や集落、共同体という意味。ノモスとは、規律とか、管理とか言う意味です。エコロジーは、同じくギリシャ語で、オイコスとロゴス、知識や智慧という意味から来ています。ヨーガや瞑想といった、インドの精神文明がこのグローバル経済化の津波を食い止めてくれると願っています。」
この先は印象に残った言葉だけ記します。
「Sence of urgency and patience lead us optimism./この今の緊急事態を察する感覚と、忍耐力が私たちを楽観主義者にさせてくれる」
「何か結果を求めるのでなく、毎日何か正しいと思うことを行うこと。」
「You & I , we are all potencial leaders./たちには皆リーダーの資質があります。」
「究極の安全保障とは、政府や銀行、会社が担ってくれるものではありません。私たちの地球、その土壌、食物、衣服、水、空気、そうした自然からもたらされるインスピレーション、芸術、イマジネーション、詩やダンスが私たちを支えてくれるのです。」
「私が望む事はほんの小さな変化です。自然を汚さず、廃棄物を出さずにすむ生産方法を確立するということです。この分野で日本の若いエンジニア、デザイナーに期待しています。チャレンジしてください!」
「教育の役割とは、その人のうちにあるものを引き出すものです。子供は空のバスケットではなく、中に素晴らしいものが詰まっている種なのです。」
「My Recipe to be happy is to be you./ 幸せへの道は、自分自身であるということ。自分の行動を自分で決めていくこと。」
「Honey bee is our teacher./ 花を傷つけることなく、蜜を貰い、花と共生している蜜蜂は、私たちの先生だ。」
「The present is too precious./ 今、ここが素晴らしすぎる。これからも、いつでも私は今、ここにいて、それを楽しんでいるだろう。(将来のプランを聞かれて)」
「命の循環を祝うべきだ。(死について)」
「日本人はもっともっと自信をもっていい。日本が他から教わるより、教える事のほうが多いはずだ。日本がつちかってきた詩や文学、さまざまな芸術を根本に、強くしっかりとした基盤をつくっていって欲しい。表向き、チケット代を出すために私はこの日本に教えを垂れに来ている。実は日本からいろいろなことを学んでいる。」
日本の伝統を学ぶ機会が今までの私たちにどれくらいあったろうか、帰りの道、同僚と話していました。まるで空のバスケットのように受験用にいろいろ詰め込まれたような私たち団塊Jr.。結構お勉強をしたつもりだけれども、実際に役に立っているのかどうか。それでもヨーガを通じて、日本の伝統の所作を改めて発見して評価できたことは良かったねえと。学院でも書道や茶道、着物の着付けや、礼儀作法、などなどきちんと身体の使い方から学べるようになるといいなと、今まで考えてきたことをあらためて評価しながら帰路につきました。
ひるがえって、午前の部のアルコールや薬物の問題の根源も、安く大量に粗悪なアルコールが流通したこと、そして、人が人を支えあうという安全保障の基盤であった共同体が消失したことに原因の根があり、ここを作り直す、つまり、一人ひとりが身体の感受性を高めて、身体を作り直し、もう一度周りの人と繋がっていかない限り、毎年大勢の依存症患者が生まれることは逃れられないと思いました。そして、その繋がるという意味において、今日の二つの集まりは素晴らしい集まりだったと思い、また、二つの集まりに出た意味が私の中で繋がったのでした。
長文、失礼しました。 OM Shantih ..